◆呪いと思い込み/4652013年04月04日 23時41分42秒

 今日は晴れていました。
 明日は少しだけ晴れる予報です。

 昨日までの雨と、今日の陽射しで桜は散って、緑が背を伸ばしたみたいです。土手がだんだんフサフサになって来ています。
 暖かく、とてもいい陽気で、気持ちの良い日和だったのですが、僕の身体の調子はまだどこか変で、スッキリしていません。まるで呪いでも受けて来たのかのようだと考えると、際限なく調子を崩せそうです。
 そういう風に、分かりやすい具体的な理由が目の前にあると、そうだと思って受け入れてしまうほうが、人という生き物は楽で、そうしたがるのだなと、そういう場面をよく見かけます(自分も含めて)。
 
 物事を進めるときは、そうした断定がどうしても必要になりますが、それは同時に別の可能性を潰す事でもあって、しかも自分にとって良いか悪いか、という判断がなされないようになってしまえば、本人が自分でそれを修正するのはとても難しくなります。
「僕はダメな奴だ」「私は素晴らしい人間だ」どちらであっても、それは単なる思い込みである可能性が残っているにも関わらず、そうだと思い込んで、そして気づいた時には逆に足を向けられなくなってしまうような状況になってしまう訳です。
 似たような話しを半年ぐらい前にも書いた気がしますが、誰かと喧嘩をしたりするのも、人生に絶望してしまうのも、自分の望みがわからなくなってしまうのも、ほとんどはそうした思い込みなんじゃないかと、最近また思わされる出来事が、僕の周囲で多くなっているのです。
 ただ、そういう意味で、僕は呪いというものを、絶対ないとも思っていないのですが。本当に呪いだったらやだなぁ、などと言っておきましょう。

コメント

_ 呪い少将の息子 ― 2013年04月06日 17時42分42秒

私は呪って欲しいのです。
呪われてる人生のほうが、いいのです。
神父様にお金を払えばいいのですから。

自分の人生は自分で切り開くもの。
若いうちの苦労は報われる。

人が報われるには多くの要素が必要なんです。

努力、運、人脈、金、気持ち

自分の力だけで報われるほど、
人生は甘くないのです。


サタンヘルムもそう考えてる事でしょう。

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